友達と話してると、いつの間にかあらぬ方向に脱線してしまい
「アラヤダ、一体なんでこんな話してるの( ・∇・)( ・∇・)?」
ってなる事が、きっとあなたにもあるのではないか。
私は本当によくある。
この前も友人のパー子と話してたら、なぜか
小林 旭
の話になってしまった。
というか、何かの話から脱線を繰り返し繰り返し、気づいたら
裕次郎と旭はどっちがいいか?
というすごい話題になり、それが最終的にアキラ一本に絞られたのだが
どっちにしろ21世紀にする話題でもないような気がする。
しかも、いくら我々が初老とはいえ、裕次郎世代では全くないのだ。
彼らは、我々の親の世代のアイドルだ。
まあいい。
そうそう、アキラアキラ。
丸顔の男が好きじゃない私は、裕次郎のブル・フェイスがイヤだと言うと
パー子はアキラの顔は甘すぎるのでは、と言う。
「何言ってんの、アキラはどっちかというとクールだよ!
端正と呼ぶにふさわしいスッキリング・フェイスだったよ」
と、画像を探し出した。

パー子は
「うわー!ホントだ!端正だなあ」
と驚いていた。
「な、な!横顔がキレイ。
でもまあ・・・どんな色男でも年取ったらみんな同じだね。
これは女も一緒だけども。
いい男であればあるほどジイさんになった時、哀しいね。 」
「で、でも『ただの』ジイさんと
『素敵な』ジイさんて分かれるよ」
私「それでも分類はあくまで『ジイさん』さ・・・」
( ´∀`)( ´∀`)あは、あは、あはは・・・
例えば90過ぎたら、アキラだろうが、阿部寛だろうが稲葉浩志だろうが
オッサン君だろうが出川だろうがホンコンだろうが、みーんな同じようなもん。
みんなジイさん。
(2006年4月 記)
追記
だがヴィゴ・モーテンセンだけは違うような気がする。
いや、ちゃんと考えれば同じなのはわかっている。
人は誰でも年をとるし、例外はない。
それでもなお、なぜか彼だけは、
“ただの爺さん”
にはならない気がするのだ。
もはやこれは、理屈ではなく信仰に近い。
